エッセイ風小説

文具小説

文具探しの一人旅 season-2-3

第3話|湯気のことば、熱海の筆「暑い日こそ、温泉に行きたいんですか?」同僚にそう言われて、ちょっと笑ってしまった。けれど、そう。冷房の風に頼りきった体が、どこか奥のほうでずっと冷えたままな気がしていた。東京駅から新幹線でわずか50分。熱海へ...
文具小説

文具探しの一人旅 season-2-2

第2話|呼吸をする鉛筆、奥多摩の森で暑さが街にこもる夏の午後、私は東京駅から青梅線に乗り継ぎ、奥多摩を目指していた。エアコンの効いたオフィスに居続ける日々が続く中で、ふと「深呼吸したくなるような空の広い場所に行きたい」と思った。できれば、パ...
文具小説

文具探しの一人旅 season-2-1

第1話|波の記憶、鎌倉とインク東京に越してきて、ひと月。部屋にはまだダンボールがいくつも残っている。けれど、なんとなく心がざわついて、片付けを放り出したまま、ふらりと鎌倉に向かうことにした。都心の夏は、コンクリートの照り返しが強すぎて、言葉...
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文具探しの一人旅 season-1-10

第10話|ことばのゆくえ、再出発の手紙大阪に帰ってきた夜、私は久しぶりに、何も予定のない週末を迎えた。窓を開けると、春の風がカーテンをゆるやかに揺らし、部屋の中に旅の空気がそっと入り込んでくる。机の上には、これまでの旅で出会った文具たちが並...
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文具探しの一人旅 season-1-9

第9話|言葉の居場所、オーダーノートの夜夕暮れの大阪駅、ホームにゆっくりと滑り込んできたのは、久しぶりに見るブルーの車体。かつて全国を走った寝台列車の面影を残す、観光寝台の特別便——行き先は福岡。夜の旅が好きだ。目的地に向かうよりも、その途...
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文具探しの一人旅 season-1-8

第8話|白いインク、雪のノートに神戸空港の展望デッキから見える海は、春の光にきらめいていた。朝一番の空港の静けさが、旅の始まりにちょうどいい。新千歳行きの飛行機を待ちながら、私は手帳をめくり、「雪のようなインク」という走り書きに目を落とす。...