文具探しの一人旅 season-1-4

第4話|暮らしをくるむ、デニムのペンケース

大阪に戻ってきた朝、部屋の机に並べた3本の筆記具を眺めていた。
ガラスペン、竹の筆、金箔の万年筆。それぞれが静かに、その旅の空気をまとっている。

けれど、使い始めるには少しだけ、勇気がいる。
どの道具も「特別」でありすぎて、まだ“日常”にはなじんでいない。
ふと、普段使いできる何か——もう少しだけ、手に寄り添うものが欲しくなった。

次の休暇、向かったのは岡山・児島。
国産ジーンズ発祥の地として知られるこの街には、布を扱う人々の“暮らしの手ざわり”が今も残っている。

瀬戸内海を見渡す駅に降り立ち、少し海風に吹かれながら歩くと、古い工場を改装した小さなクラフトショップを見つけた。扉を開けると、そこには無造作に並んだトートバッグや小物たち。その一角に、私はそれを見つけた。

デニム地のペンケース。

形は細長く、ファスナーは真鍮。色は深い藍。使いこまれたジーンズのような風合いがすでにあり、触れると布の柔らかさと力強さが混ざっていた。

「それ、縫ってるのは地元のおばあちゃんなんですよ。」

奥から出てきたのは、ショップを運営している若い男性だった。
「ミシンで一本ずつ仕上げてて、布の切り取り方も全部違うんです。どれも“一点もの”です。」

私は自然と笑っていた。特別じゃない。でも、だからこそ良い。
このペンケースは、旅の相棒としてではなく、日常にそっと溶け込むための文具入れだった。

「毎日使って、色が変わっていくと、もっと味が出るんです。」

ペンケースの布地には、小さく刺繍のように“days”という言葉が縫われていた。
何気ない英文字。でもそれは、今の私にとって、とても大切な言葉に見えた。

その場で購入し、持参していたガラスペンや竹筆、金箔の万年筆をそっと収めてみた。布が包み込む感触は、やさしくて、あたたかかった。

「旅で集めた宝物をしまう場所がほしかったのかもしれないな」と思った。
そしてそれは、旅から“暮らし”へと、少しずつ気持ちが還っていくサインでもあった。

帰りの電車で、ペンケースを膝の上に置いたまま、ずっと窓の外を眺めていた。瀬戸内海が夕日に照らされて、オレンジと藍色の境目がゆっくりとにじんでいく。 暮らしの中に、旅のかけらを持ち帰る。
文具は、思い出を包むポケットにもなるんだと、初めて気づいた。

この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
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